コーダ☆マインド

耳の聞こえない親を持つ聞こえるシオンが考える、コーダのことや手話のこと。

ろう者と聴者のちがい

手話通訳者になりたいと思い手話を学び始めた私ですが、ことあるごとに思うことがありました。
それは、ろう者と聴者の違い、です。
単純に聞こえる・聞こえないの話ではありません。

手話の習得(獲得)方法

まず、手話の習得(獲得)方法が違います。
ろう者は手話学習者のように手話講習会に通って手話を学びません。
都内や大きな都市には「ろう者のための手話講習会」があるかもしれませんが、地方ではそのような学習会をやっているのを聞いたことがありません。
(ちなみに「難聴者のための手話講座」はあるけど、「ろう者のための…」ってのは見たことないです)

「ろう学校で手話を教わるんでしょ?」
こうおっしゃる方が意外といらっしゃいます。
でも現実は、公立のろう学校に通う子どもたちは聞こえる子どもと同じ内容・同じ量の教科を学ばなければなりませんので、「手話」単独の教科は無いのではと思われます。
ろう学校の授業が現在どうなっているのか、実は私もよく分かりません。
自立活動にて「手話」は取り上げているかもしれませんね。
はっきりと言えることは、私の親世代のろう者はもとより、私と同年代のろう者たちもみんな『手話禁止』のろう学校時代を生きてきたということです。
(ろう教育においての手話については、ネット検索するといろいろでてくるかと思いますので調べてみてくださいね)

それでも、ろう者は手話ができますよね?
なんで?
ろう学校に通っていなかったろう者も手話できますよね。
だから、なんで??

ろうコミュニティの存在

手話コミュニティの存在が大きいのだと思います。
手話で話せる、同じ聞こえない仲間の存在はやはり大きいです。
ろう者たちはろう学校で「手話を使ってはいけない!」とどんなに注意されても、手話を守ってきました。
社会に出た後は、聴覚障害者協会(ろう協)に入会し、仲間と一緒に活動してきています。
ろう協の存在は大きいですよね。
最近の若いろう者はろう協には入らず、小さなろうコミュニティで交流するのが主流のようですが、そこでも手話を使って交流していくうちに、手話を身に付けていくのだろうと推測します。
高齢ろう者の場合はろう学校時代からの友人たちと、何十年ものコミュニティがしっかり形成されています。
そこの絆たるや、それはもうすごいです。
(うちの父は半世紀以上同じ仲間たちと過ごしています)
その高齢ろう者たちは、自分が手話を習うための手話講習会など通ったことはないはずです。
自然と手話を身に付けた、あるいは先輩から教わったのだと聞いています。

…すでにこの時点でろう者と聴者は決定的に違っていると私は感じているのですが…。

「この手話どうやるの?」

聴者がろう者に気軽に、
「この手話どうやるんですか?」
と聞いていますけど、それはなかなか答えにくい質問なのではないのかなと思っています。
それに、日本語が苦手なろう者も大勢います(特に高齢ろう者)。
私なんていまだに父(ろう者)に、
「この手話どうやんの!?」
と聞いても、首を傾げられて終わりです。
そもそも、日本語の意味が分からないということもあります。
そしてここが重要なのですが、日本語を手話に置き換えるという作業を、普段ろう者は頭の中でしていません。
ダイレクトに手話で喋ります。
なぜなら、手話こそがろう者の言語なので。
人によるとは思いますが、頭の中で手が動き、手話をしていると思われます。

ろう文化の歴史はどこで知る?

私は今までにたくさんの講義も聞きました。
ろう者と一緒の講演会も参加しました。
しかし、「えっ?」と思うことは何度もありました。
隣の席のろう者の話が見えてしまったときのこと。

ろう者A:「蛇の目寿司事件ってお前知ってる?」
ろう者B:「何それ?知らん」

会話はそこで終了……。
驚きました。
ろう者がろう者の歴史を知らないんです。
知る場所がないんですよね、知るきっかけもないのでは。
ろう学校では教えてくれないし、最近の聞こえない子どもはインテグレートして地域の小学校に通っています。
時代の流れで、ろう協にも入会しないのかもしれません。
ろう協主催の講演会や学習会などに自ら参加しなければ、知る由もないでしょう。
ろう者自身がろう者の歴史を知らず、手話学習者や手話通訳者だけが知識を増やしているように感じます。
手話学習者たちは手話講習会で、

「あら、蛇の目寿司事件を知らないの? 3・3声明を知らないの?」

と、聞こえる講師からさんざん嫌味を言われながら学んできたのにっ……!!
(あっ。こんなこと書いたら誤解が……。やさしい講師もいますよ。)
資格試験の問題に出ることもありますし、手話通訳者を目指すのなら知っていて当然、という雰囲気の中で手話学習者は学びます。
ろう者が知らなくて、聴者だけが知っている。
ろう者の歴史のことなのに?
なんだか腑に落ちないのは私だけでしょうか。
ろう者がもっとろう者のことを知ることも大事なのではないでしょうか。
でも一体どこで?
…こんなことを考えているのは私くらいですかね。

ja.wikipedia.org

<この記事は2020年5月に書いたものを編集したものです>