コーダ☆マインド

耳の聞こえない親を持つ聞こえるシオンが考える、コーダのことや手話のこと。

結局コーダは悩むのだ。

私はずっと「手話ができないコーダ」でした。
手話が苦手でできなくて、手話が怖いとすら思いながら生きてきた年数の方が長いです。

手話を学び、おかげさまで「手話ができるコーダ」になりました。
手話ができるようになれば聞こえない親と話ができるようになるし、気持ちも楽になるかなぁと思っていました。
実際は気持ちの面で楽になった部分もあるけれど、悩みが増えたように感じる場合もあります。

「手話ができない」時の私は、自分を責め続ける日々でした。
手話ができない自分はダメなやつなのだと、自分をずっと卑下し、自己肯定感も低かったです。
30歳を過ぎてようやく重い腰を上げ、手話を本格的に学ぶようになりました。
それまでも、何度も手話サークルに行ってみたり、耳の日まつりに行ってみたり、もちろん親に手話を聞いたり、手話の本を見てみたり……。
ようやくピントが合い、手話が自分の中の潜在していたものとリンクし始め、どうにか手話を習得することができました。
自分の中に手話を取り戻せた感覚です。

聞こえない父と手話で話せるようにはなったので、伝わらないというストレスはほぼなくなりましたが、父の耳が聞こえないことは当然変わりません。
父と意思疎通できるようになったことは確かに大きな変化なのですが、あくまでも私に手話力がついただけで、生活自体は大きく変わらず。
父の日本語力や、ろう者特有の理解の仕方などは依然として変わりません。

私自身も手話ができるようになれば悩みは解決すると思っていました。
実際は、ストレスが減った(それもすごいことだと思っていますが)くらいで、悩みが解決したわけでは無かったです。
「手話ができるようになりたい!」
という思いは叶ったので、その点については解決した…と言ってもいいと思いますが。

手話ができるようになって変わったこと

  ・意思疎通できるようになった
  ・手話ができない自分を責めることがなくなり、気持ちが楽になった

このふたつは大きな変化です。

それから、「手話ができるコーダをうらやましく思わなくなった」ということがあります。
ですがここが微妙に重要なポイントで、今度は自分が手話ができるようになったことで、手話ができないコーダに対して気を遣う場面が増えたのです。
手話ができないコーダは手話ができるコーダに対して、大なり小なり「うらやましい」という感情を持っていると思います。
私もそうだったので。

今は、私が手話ができてしまうことで、「コーダは手話ができる」という誤解や偏見を持たれてしまうのではないかという危惧を抱いています。

手話ができるようになったら、今度はこんな悩みが出てきました。
(統計は取られていませんが、手話ができないコーダの方が圧倒的に数は多いと思います)

さらにろう者から「うちの子は手話ができないのよ。うらやましいわぁ。」と言われるたびに、心がえぐられるように痛むのです。

「その言葉を本人(コーダ)が聞いたらどう思うかな…」
「私も手話できない時期が長かったんだよね」
「きっとそのコーダも本当は親と手話で話がしたいんだろうな…」
「私、めちゃくちゃ努力して、手話を習得したんだけどな…」

こんな思いが胸の中にあふれてきます。

手話ができるようになったことで、今度はろう者の本音が見えてきます。
「知らなきゃ良かった…」
と思うようなことも手話を介して見えてくるのです。

私の場合は手話が分からなかったことで、ろう者の世界のことはさほど知らずに生きてこれました。
自分だけの聞こえる世界の中で生きてこられたのです。
それが、手話で理解できるようになると、ろう者の世界のことも私の中に入ってくるようになります。
手話を見ていれば何の話を理解できてしまうようになったので。
世界が広がったと言えば聞こえはいいかもしれませんが、世の中良いことだけではないですからね。

手話ができるようになったことは、確かに私の人生の中で大きな変化なのですが、その変化に正直戸惑っているのも事実です。

・聞こえない人への理解
・手話という言語への理解

まだまだ社会全体において、聞こえない人や手話に対する理解は進んでいません。
コーダの私にできることってなんだろう?と考える日々は続いています。

・コーダへの理解

聞こえない人や手話への理解促進をがんばっておられる方は大勢ます。
ですが、コーダのことはやっぱりコーダにしか分からない部分がたくさんあります。
私はこれを、コーダ当事者としてなんとかしたいと奮闘中です。

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