コーダ☆マインド

耳の聞こえない親を持つ聞こえるシオンが考える、コーダのことや手話のこと。

【ろう児教育支援28】抜き足差し足

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地域の公立小学校(ろう学校ではありません)にて6年間、耳の聞こえない児童ふたり(ソラとリク)に手話を使って支援をしてきたコーダの私(シオン)が感じたことや考えていたことなどを書いています。大勢の聞こえる子どもたちと一緒に過ごした日々を少しづつ紹介。聞こえない世界と聞こえる世界の狭間から見えていた様子を、少しでも感じ取っていただけたら幸いです。

難聴学級は2階にあり、階段のすぐ隣の教室でした。
教室の広さは、ほかの教室と同じく広い教室だったため、仕切るためのパーテーションが何枚か置かれていました。
私がひとりで待っているところにろう児たちが教室に入ってくるときの、面白かったエピソードを紹介します。

静かな教室でひとり作業中、ふっと空気感が変わったことに気づきます。
聞こえる私は気配を感じ取れますし、音を耳で聞くことができますので、パーテーションの向こう側で、ふたりが小さな声でクスクス笑っているのが聞こえてきます。
「ぷーーっ!クスクス…」
私をびっくりさせようと企んで、楽しくなってしまい、教室に入ってくる前から笑ってしまっているのです。
パーテーションの足元は隙間がありますから、私からはすでにふたりの足も見えていました。
また始まった…、と呆れ気味になる私。
そーーっと、足音を立てないように教室に入ってくるふたり。
パーテーションの切れ目から姿が見えたところで、待ち構えていた私はろう児としっかり目を合わせ、
「何してんの?」
とわざと問いかけます。
「聞こえるのぉ!?」
「聞こえるよぉ!」
ふたりは私をびっくりさせようと、何度も果敢に挑んできました。
そのたびに、「聞こえるよ」と返事をした私。
「聞こえるんだー!!」
聞こえる私をなんとか出し抜こうと、ふたりは毎回真剣でした。

上履きを脱ぎ、抜き足差し足でコントの泥棒のように教室に入ってくることもありましたし、四つん這いになって這って入ってくることもありました。
その都度、「何してんの?」と私に冷静に諭されるろう児ふたり。
「ちぇっ」と言ったり、「くそー」と言ったり。
どうしても私をびっくりさせたかったようですが、6年間で一度も成功しませんでした。

なぜならふたりは、音を出していたからです。
服のすれる音、呼吸する音、そして足音。
どんなに小さな音も、聞こえる私には聞こえるのです。
ろう児なりに一生懸命音を出さないようにはしていたようですが、音はいつも出ていました。
特に息遣い。
ろう児が呼吸する音は、しっかりと聞こえます。
「聞こえるんだよ」
と何度も言いましたが、ふたりは飽きずに何度も何度も挑んできました。
わざと正面で待ち構えて、バチっと目を合わせてやると、ぎょっとした顔をして、ババババっ!とそのまま逃げていくこともあり、今思い返しても面白いやりとりでした。

授業中も、「リク、お腹鳴ったね」と言うと、びっくりした顔で、「聞こえるの!?」と嬉しそうに言ってきます。
私や担任の先生が「聞こえるよ」と言うと、とても嬉しそうにしていました。
「聞こえるんだぁ!」
聞こえる人がどんな音が聞こえるのか、分かろうとしている様子でした。
特に、体から出る音がほかの人にも聞こえるというのは、意外だったようです。
「これは聞こえる?」
ふいに訊かれます。
「何が?」
「今、体の中がぎゅうって鳴った!」
「それは聞こえないなぁ~~」
「ふーん、そうなんだ~」
自分の体から出る音を、私に聞いてほしかったみたいでした。

静かにプリントなどの課題をやっているときに、「…プ~~」と聞こえてきた時もあります。
「今、おならしたのどっち?」
「えへへへへ~~」
「も~~!おならはやめて!」
みんなで笑ったのも懐かしい思い出です。
デフファミリーであるふたりは、おならはにおいで気がつくことはあっても、音で家族に気づかれることがありません。
聞こえる学校で、自分の出した音に気がついてもらえることを、驚きつつも嬉しそうにしていたふたりの姿は印象に残っています。

難聴学級では、ろう児ふたり・担任の先生・私、この4人で授業を行っており、授業中でも音に関することを話題にしてきたのを、今でもときどき思い出します。